「すいませーん、この花、なんていう名前ですか?」
急に開いたドアの向こう側から女性の声が聞こえた。
花の名前を聞いた女性は「それだけ聞きたくて。ありがとうございまーす。」と去っていった。
なんたる肝っ玉メンタル。
スナックのような、バーのような、外から中の様子がほとんど見えない喫茶店のドアを開けて、入店するでもなく質問だけして帰るとは。
もし店主が目まぐるしく忙しそうにしていたり、不機嫌な対応だったらどうなっていただろうか。
考えるだけで恐ろしい。相手のことを気にしない、好奇心だけで声をかけられる強さは、ちょっとだけ見習いたいような気もした。
突然の来客からの質問に答え、「こんなに入りにくい入口なのに、よく聞きにきたね」と笑ったマダム。ここは、ご夫婦でやられている店(多分)で、マダムはたいそう品の良さそうな方だった。
実は、わたしも入店する前から気になっていたのだ。
おずおずとわたしも「入口の蔦、素敵ですね。」と遠巻きに話しかけると、「植物をアケビの蔓に絡ませてアーチの形にしてもらったんです。」と教えてくれた。
そう、ここの入口はアーチのような蔦が目印。蔦をくぐるという動作は、別世界へ入るかのような高揚感が味わえるから好きだ。
六本木の大通りに面しているにも関わらず、この街は宵っ張りだからなのか、昼間は人通りが少ない。もちろんリモートワークが通常運転となった世の中だから、という面もあるだろう。
古い喫茶店のコーヒーは渋めのフレーバーが多いけれど、ここのは上品で飲みやすい。何杯飲んでもコーヒーの味わいを上手に表現できないけれど、自分の好みかどうかわかればそれで充分だ。
人のいない六本木の街を窓辺から眺め、心を落ち着かせた。
純喫茶で東京をめぐる旅 六本木〈コーヒー レイノ〉店舗外観
見事なまでの蔦。エントランスのアプローチ最高です。
ここは昭和52年創業なんだとか。
純喫茶で東京をめぐる旅 六本木〈コーヒー レイノ〉店内
テーブル席にはアーチを描くソファ。全席壁沿いに席がつながっているのがめずらしい。
芸術家の集まるサロンのような雰囲気。(行ったことないけど。)写真集などにまざって、ややクラシックなパソコンのディスプレイが置かれています。なんか落ち着く。
外からの視線を遮るかのように、蔦が目前に垂れ下がる。
外がまるで見えない喫茶店も好きだけれど、どうしても圧迫感を感じてしまうので、こんな風に少し見えるのが好き。
純喫茶で東京をめぐる旅 六本木〈コーヒー レイノ〉メニュー
ティーカップとケーキ皿の組みあわせが絶妙。使い込まれた木のテーブルに映えます。
〈レイノ〉のコーヒーはオールドビーンズといって、豆を熟成させたものを使用しているとのこと。
熟成させた方がおいしい、という店もあれば、珈琲豆だって生鮮食品だから新鮮な方がいい、と聞いたこともあるのですが、そう意見が分かれるのも珈琲のおもしろいところな気がしています。
深煎りよりも中深煎りくらいが好みですが、ここのは酸味も強くなく喫茶店らしいパンチのある味でもなくとにかく飲みやすい。
自家製のチーズケーキはなめらかで甘さもひかえめ。添えられたブルーベリーが上品です。
帰りに入口のお花の写真を。丁寧に手入れされた花は、街の風景を彩ります。
純喫茶で東京をめぐる旅 六本木〈コーヒー レイノ〉店舗情報
純喫茶好きなら、六本木〈る・ぽーる〉へ
六本木には、もうひとつイチオシの喫茶店があります。ここのアイスウィンナーコーヒーの美しさは格別。