どうしてわたしはいつも開演ギリギリに着くのだろう。
出かける直前に腹痛が始まるという、母親譲りの困ったジンクスがある。
外苑前の駅は待ち合わせの人でごった返していて、想像以上の人混みに胸騒ぎがする。今日は野球の試合でもあるのだろうか。
あらかじめGoogle マップで調べた会場までのルートとにらめっこし、小走りする。
急いでいるのにも関わらず、道端の紫陽花がきれいで歩くスピードを緩めたり、かと思えば下り坂をダッシュしたりと忙しない。
そういえば走ってる大人ってあんまり見ないよなぁと思いつつ、走る大人から抜け出せずにいる。
後からやってきた女の子も慌てて走っていて「もしかして、同じ会場に向かってる?」と仲間意識が生まれたものの、一目散に反対方向へ走っていった。
大通りにぶつかると、遠くには六本木のミッドタウンが見えた。
表参道からさほど離れていない場所だが、この辺りはとても静かだ。
信号の向こう側には渋いビルがそびえ立っていて、 赤信号の間にスマホを取り出す。
アーチ型を取り入れた昭和のビルは、ビンゴカードのようでかわいい。なかなかビンゴにならないままビンゴ大会が終了し、やけっぱちになって全部穴を開けたようにも見えてきた。そういえば、新御徒町の駅前にもこんなビルがあったな。
今日の最初の目的地は、口に出したくなるライブハウスネームNo. 1の「青山月見ル君想フ」。
この会場、前にも来たことがあった気がするけれど全然思い出せない。こういう時に「日記を書いておけば……」と悔やむ。
忘れた記憶は簡単には取り出せないのだ。
だからこうやって書き残しておく。
開演時間に着くと、防音扉の向こう側で曲のイントロが聞こえた。
今日は、1ヵ月前に突然どハマりしたアイドル、ゆっきゅんのライブに初めて参加する。
気づけばSpotifyのアプリにはトップリスナー上位0.1%と表示されていて、あまりのハマりように自分でも驚いた。
4月に成田空港へ向かう電車内でライブ配信を見たのがきっかけだった。大好きなリリカルスクールの対バン相手がゆっきゅんだった。
普段なら対バン相手をスルーしがちなのだが、なんとなく観てみようと思ったのが運命の始まりだった。
あまりの表現力の高さに見入ってしまった。
ライブハウスのステージが小さく感じられるほどのしなやかで美しく、そして力強いダンス。踊る指先まで神経を研ぎ澄ませいているのがよく分かる。(その時の映像はないのでYouTubeを貼ります)
Perfumeにハマった頃のことを思い出した。
一度聴いたら忘れられないような、ここでしか聴いたことのない歌詞にも驚いた。まだまだ語られていない感情や表現ってあるんだな、と。
※どれも好きだから全部聴いてほしい。「日帰りで」、名曲。
なによりも、とにかく楽しそうなのだ。
パフォーマンスが優れているのは言うまでもないけれど、ステージで堂々としつつも親しみやすさを馳せ持っていて、なおかつ並々ならぬ熱量を感じた。
すべてから解き放たれているかのような自由さ。何にも囚われていない表現って、こんなに美しいものだったのか。
いつだって自信がなく、他人の目線を優先して後悔する自分を掬い上げてくれる歌だった。自分の気持ちに正直でいることの大切さをフラットに語ってくれるようだった。
好きなものに正直で、何があっても好きな自分でいる覚悟が伝わってくるパフォーマンスが、ワンカメラの配信だけでギュンギュンに伝わってきた。
気づけばマスクが涙で濡れていて、ハッと顔を上げると、空港に着く寸前だった。
「月見ル君想フ」は、ステージに大きな月が浮かぶフォトジェニックなステージで、ゆっきゅんにぴったりだった。
ギリギリ間に合った1曲目のイントロで、込み上げてきた涙をグッと堪えた。ここで泣いたら最後までずっと楽しめない気がしたから、今を全力で楽しむ方向にシフトした。
「1:100とかで喋れなくて、たったひとりの仲良しに話すようにしか話せない」と言っていたのが印象に残っていて、だからこそひとりひとりの心に響く言葉が使える人なんだろうな、と思った。
あっという間にライブは終わり、かっこいいTシャツとチェキをお土産にライブハウスを出た。
フワフワと高揚した気持ちを鎮めようと、辺りを散歩する。
行きにも通った渋いビルを遠目で見ると、なんと3棟も同じようなデザインの建物が連なっていた。
表参道に向かって歩くと、ずっと気になっていた隈研吾デザインのショップや、脇道に入るとうつわ屋もあった。
青みがかった白いガラスプレートが涼しげで、危うく衝動買いしそうになった。
この辺りの店は、何年も前からGoogleマップには保存していたものの、ここまで来る機会がなかったのだ。
表参道と言えば、国道246号の煌びやかな建物のイメージが強いけれど、裏通りはまだまだ面白い散歩ができることに気づいてワクワクした。
わたしはまだまだ東京のことを何も知らない。
歩くたびにそう思う。
以前だったらそういう知識のなさにいちいち落ち込んでいたけれど、むしろ新鮮な気持ちで味わえるという武器を持っている、と開き直って胸を張ってもいいのではないか、という気もし始めている。
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