食事は座って食べろ、というのは誰が決めたのだろうか。
どこでも座るだけでおしりから根が生えてダラけてしまうので、最近ではスタンディングイートしている。(立ち食いのことをちょっとかっこよく言おうとしましたが、だいぶ無理でした)
江戸っ子の血が流れているからと勝手にそう思いたいが、おそらくただの面倒くさがりだ。
最近ではキッチンドランカーのように、ごはんを作ったら台所で立ちながら食べることが増えた。いい大人になってしまったため、行儀のわるさを指摘してくれる人もいない。(家族が部屋にいるときは怒られそうなのでやらない)ひとりごはんはサクッと済ませるのが最近は好きだ。
江戸には寿司や天ぷら、そばの屋台があちこちにあったそう。その理由は、江戸に住むのは独身男性が多かったことや、火事防止のため、家で火を使うことを禁じられていたのが大きな要因なのかもしれない。一人分のごはんを作る方が贅沢なのは現代と近いものを感じる。
令和の今も東京のあちこちに立ち食い蕎麦屋があるのは、江戸時代の屋台からの系譜ではないだろうか。
平松洋子さんの『そばですよ』を機に、立ち食い蕎麦屋に足を運ぶことが多くなった。
久しぶりに紅しょうが天が食べたい。
人形町のおすすめランチ 立ち食いそば『福そば』
紅生姜のような、すでに加工されているものをさらにアレンジしているようなメニューが好きだ。
福そばの紅生姜天は、細切りの紅生姜を薄めの衣がベールを纏わせるかのような繊細さ。
立ち食いそば屋では天ぷらをあらかじめ揚げておき、注文が入るとすぐに出せるようにカウンターにスタンバイしているのがほとんどだ。
この方法のいいところはもちろん、待たずにすぐに食べられることだけれども、天ぷらが冷めると重たい油っこさが出るのが問題である。
だけど、美味しい立ち食いそば屋の天ぷらは、どこもイヤな油っこさがない。くいしんぼうなのに胃が弱いわたしも安心して食べられる。
「福そば」は、紅しょうが天の評判が高い。
ひとくちめは、まんまるの紅生姜天にがぶりとかみつく。それから、衣のカリカリしたところと浸した部分がちょうどいい塩梅になるよう、箸を使ってそばつゆに軽く沈める。できるだけカリカリした部分を最後まで味わうため、一気に沈ませないよう注意を払う。
揚げているからなのだろうか、紅生姜のピリッとした辛さも酢のすっぱさもマイルドで、紅生姜単体で食べるより、どちらかといえば天ぷらに仕上げた方が好きだ。
そばつゆは飲み干したくなるほどすっきりとした味わい。色は濃いけれど、味は濃すぎないのがいい。
ここに毎日通うために人形町で働くのもいいかもしれない。
人形町のおすすめ喫茶店『シャトン』
「福そば」の向かいにある喫茶店「シャトン」。日本茶が似合いそうな湯呑みに近いカップに入ったブレンドが飲みやすい。カップもきちんと温めてくれているので冷めにくく、飲み干すまで温かさが持続する。
コーヒーを淹れるカウンターにずらりと並ぶ小さなフィギュアたち。観光地のお土産のようなものから、出どころがわからないものまで。マスターに聞くと、小物が好きで集めていたところ、それを知ったお客さんがあれやこれやと持ってきて今に至るという。積み重なった時間が小物の多さに現れている。
窓の反対側の壁沿いは鏡張りになっていて、朱赤がメインカラーのインテリアとロゴデザインが映し出され、あたかも映画のワンシーンのようだ。
鏡を使うのは、店を広く見せるために使われるテクニックだけれど、ここではフォトジェニックさにも貢献している。BGMが流れていないところも落ち着く。どこも情報が多すぎるから。
店を出て、日本橋方面へ向かう。「サンドイッチパーラーまつむら」の近くで、原付を止めたおじさんがパンを片手に座席に座っている。道端に自分の居場所を作れてうらやましい。
日本橋へ向かう途中、看板建築で有名な桃乳舎のことを思い出し、目の前を通る。なんだか様子が違うことに気づき、ツイートを調べて閉店を知る。
こんなに美しく残った建物を無残に残すのはあまりに惜しくないか。看板建築の貴重な資料として江戸東京たてもの園に移築してほしい。この外観のままリノベーションカフェにでもなったらかっこいいんだけどな。難しいだろうけれど……。
気を取り直し、日本橋の地図専門店へ。
日本橋の地図専門店「ぶよお堂」
たった1枚の地図を持つだけでパラレルワールドを生きられることに気づき、まずは江戸時代の地図を探しに来た。
この辺りで働いていた当初から、「変わった名前の店だな」と思っていたものの、地図に特段と興味を持ったことがなかったのでスルーしていた。
何年か前にスカートの澤部さんのおすすめで読んだ漫画が、古地図をテーマにした衿沢世衣子『ちづかマップ』だった。この作品で古い地図の楽しみ方を知る。
古地図はアプリやWEBでも見られるけれど、全体像を把握するにはやっぱり紙の地図が適している。
ビルの地下にある専門店の入りにくさは想像に難くないだろう。でもそのハードルをひょいっと越えられるほどには、もう大人なのだ。
エレベーターの扉が開くと、そこはすでに店の中だった。棚にある地図はだいたい見本があり、広げて確認してから選べるのがうれしい。
ジャンルごとに分けられた棚から地図を探していると、だんだん自分が求めているものが何かわからなくなった。
店員さんに古地図初心者であること、いまの東京と照らし合わせて楽しめる江戸時代の地図が欲しいことを伝える。
そこで選んでもらったのが『江戸寺社大名庭園』(発行:こちずライブラリ https://oldmap.jp/j/ )。タイトルをきちんと見ずに買ったから、あとあと寺社と庭園の解説本が付いていたことに驚いた。
江戸時代の古地図、天保14年(1843)版「御江戸大絵図」をベースに、読みにくい漢字などを読みやすいように整え、さらに現在の東京の路線図が書き加えられている。そのため、位置がたやすく認識できる。これはありがたい。
想像はしていたけれど、いまの東京のベースはすでに江戸にある。ここからお堀や池が埋め立てられて土地が増えたり、海に埋立地が造られたり、当時はなかった橋が架けられていたり。
たとえば隅田川なんて、永代橋、大橋、両国橋、東橋(あづまばし)の先は大橋(千住大橋のほう)しかない。今と違って川の向こう側へ渡るのも一苦労だ。
それから中目黒には山だけが描かれていて、現在のお洒落タウン(死語)のイメージとは全く異なる。(この地図で省略されているだけかもだけど)
ここから現在に至るまで、どんな変遷を経てきたのか、そして江戸の街が作られる前まで、いま東京と呼ばれる地はどんな場所だったのか。
たった1枚の地図だけでタイムトラベルできるなんて知らなかった。いや、知ってはいたけれど、おもしろさに気づけていなかった。
知ろうとするだけで、まだまだ面白がれることが発掘できる。それがうれしい。
家に帰ってさっそく、リビングに広げて寝そべりながら見た。江戸を制覇した気分になった。
次の休みは元水戸藩邸にある、後楽園のスパラクーアでも行こうかな。
決めない散歩 ー丸の内から神保町