時刻は15時。
いつものように地下鉄の出入口を間違え、遠回りをして最初の目的地へ向かう。
地下鉄で東銀座の駅から地上へ出ると、目の前にどーんと歌舞伎座があって、何度見ても圧倒されてしまう。
でも、今日は見惚れている場合ではない。
なぜなら待ち合わせまで、あと1時間。
気を抜くと昼食の時間が後ろ倒しになり、「今日もまた新しい店に行けなかったな」と後悔したりもする。
時間は有限、人生も有限。この1時間で今日まわっておきたい場所を全部制覇しておきたい。
Googleマップを片手に、東銀座の駅から新橋方面へ歩く。京橋や日本橋方面には歩くことはあったけれど、そういえば逆方面は歩いたことがなかった。大きなオフィスビルなどが並び、華やかな雰囲気よりも少しビジネス色が強い街並みに変化する。
意外にも仏具店があった。なんと、1792年創業だとか。浅草の仏壇通り以外で仏具店を見る機会はなかなかない。よく見ると建物自体も渋くていい雰囲気のビルだし、ガラス扉の取手は「Y」の形になっているのがどことなくモダン。
でも、見惚れている場合じゃなかった。急いで昼食を取らねば。
ということで、ようやく最初の目的地へ着いた。〈だいつねうどん〉は、平松洋子さんの本で知ったかきバターが食べられる店を調べて見つけた店だ。
もともと八百屋だそうで、店先には片手では持てない大きさのフルーツトマトが行儀よく並んでいる。そしてうどん屋さんにしては珍しくテラス席がある。
そのテラス席には常連さんらしき人と、足元には秋田犬と柴犬が静かに座っている。
居酒屋のような作りの店内を見渡すと、あちこちに秋田犬のカレンダーやフィギュアなどが。木製の看板のように見えた細長いモノは、なんと江戸から東京に変わった時の記念手ぬぐい!こんなところでお宝に遭遇するとは。興奮がおさまらない。
〈だいつねうどん〉で気になっていた「アボカドうどん」も興奮に拍車をかける。縦半分になったアボカドがごろりと乗ったうどんはビジュアルのインパクトも強い。
もちもちでぷりぷりのうどん、かなり好みの食感。かみごたえがあるうどんは食べ応えがある。大きなアボカドも卵の黄身のような濃厚な味わいで、脳がとろけた。
とろけついでにテラスの方を見ると、外からはおしりだけ見えていた犬の表情が見える。飼い主の休憩する姿をじっと見つめながら、声も立てずに待っている。その従順な表情は、猫派のわたしのハートをもかっさらう純粋な瞳を持っていた。秋田犬、むぎゅっとした顔と立ち上がった時の巨大っぷりのギャップが愛おしい。柴犬のつぶらな瞳もたまらない。
帰り際、店主らしき方に「かきバター」の話を聞くと、急に距離が縮まったような口調で「先週で終わっちゃったんですよ」と残念そうに教えてくれた。だいたい9月から3月までの期間限定メニューだそうで、「身がこんなに大きいんだよ!」と手を使ってサイズを教えてくれる。一番美味しいのは冬かな、と。食べものの旬を待ち侘びる感覚はあまりなかったけれど、話を聞くと来年の冬が待ち遠しくなった。東銀座で勤めていたらきっと、週3で通っていただろう。
大通りをさらに新橋方面へ進み、歩道橋を渡ろうとすると、なにやら平たい三角形のような石がごろりと寝そべっている。
よく見ると、江戸城で使われた柱の土台!
「……貴重な歴史の証人をこんなところに……いいんですか……」と問いたくなるが、残されているだけましなのかもしれない。貴重な歴史の断片も、全部は残せない。博物館に残すことだけが正解ではない。誰もが通れる道路に残すことで、通りがかった人にも知ってもらえる機会になる。
歩道橋を渡り、〈ぐんまちゃん家〉へ。銀座は地方の物産店の宝庫だけど、ここにあるのは知らなかった。目的はリリスクminanさんがカバーを飾ったフリーペーパーをゲットすること。頂くだけでは忍びないので、水沢うどんを買う。
美しいminanさんが見られたのと、〈me bu ku〉というデザインの良いフリーペーパーに出会えたのが嬉しくて記念写真を撮る。
こういう写真を撮るときは腕力がなさすぎて手が震えるし、インスタグラマーっぽい写真を撮っている自分を客観視してしまい、まわりに誰もいないのにどきどきする。
〈GINZA SIX〉の敷地の連絡通路は美術館のエントランスのようなシャープなデザイン。静謐な空間が心地いい。
大きな交差点へ出ると、目の前は〈銀座三越〉だ。すでにゴールデンウィークを迎えたかのような人だかりに怯むが、どうしてもわたしには手に入れたいものがある。
地下にあるイギリスの〈ロダス〉のスコーン。「今考えられる最高のレシピで作ったスコーン」というフレーズがとても気に入っている。先月、偶然見つけて買って以来、お世話になっている人に差し入れようと思っていた。わたしの好きな、しっとりした食感のスコーン。
誘惑の渦から逃れるように、地上行きのエスカレーターへ飛び乗る。待ち合わせの場所は有楽町のあたり。1時間でまわりきれるかと心配だったけれど、50分ですべての用事は済んだ。
気がつくと〈GINZA SONY PARK〉は跡形もなく解体され、エルメスのガラスブロックが煌々と輝いていた。
決めない散歩 清澄白河編