いったい、どこへ連れて行かれるのだろう。
日常の風景を切り取ったように始まる『天然コンタクトレンズを巡る旅』。
夫の浮気を疑う女性の目線から描かれた『スパブレ』と続き、リアルな普通の生活から、いつの間にか異世界に踏み込んでしまったかのような世界観。その境界線の曖昧さがなんとも奇妙で心地よいのです。
その作品はというと、お笑い芸人のザ・ギース高佐一慈さんが初めて書いた小説『かなしみの向こう側』(ステキブックス)。
「小説を書いたら面白そうな芸人」第1位を獲得した高佐さんが、小説家・中村航さんのオファーを受けて書き上げた5つの短編集。
「これは、読むギースです。」というフレーズに惹かれて、思い切ってインタビューを申し込み、快諾していただきました!
「かもめと街」にご登場いただくのは、1年前の特別企画「あの人の好きな店」に続き2回目。
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ザ・ギースやお笑い好きの方はもちろん、ふだんお笑いに触れることが少ない方や読書好きな方にもぜひ手に取ってほしい!と思い、初めての小説を書き上げるまでの話をじっくりお聞きしました。
小説を書こうと思っていなかった
ーー小説を書きたいとは思ってなかったんですか?
高佐さん:「全く考えていませんでした!もともと読書は好きでしたけど。作品が完成した今でも不思議な感じがします。北海道に住む母親が本を買ってくれて、『読書感想文も全然書けなかったのに』って驚いていました」
ーー今回の小説はオファーがあって書き始めたと聞きました。最初に話が来たのはいつ頃でしたか?
高佐さん:「2020年12月でしたね。書き終えたのが2021年8月終わりくらいで、ちょうどキングオブコント準決勝の直前だったと思います。5作品をすべて書き終えてから修正を進めたので、完成するまで1年3カ月かかっています」
小説の執筆とコントを作ることの違いとは
ーー小説の執筆とコントを作るのはまた違ってくるものですか?
高佐さん:「どうなんでしょうね。僕は小説を書くのが初めてなので、書き方が分からなかったんです。だからまずは、コントを書くのと同じように考えるしかないなって。まずは設定を考えて、そこから出来事を考える流れはほとんど一緒でしたね」
ーー設定を決めてから、どんな登場人物が出てくるかを考えていく感じですか?
高佐さん:「そうですね。noteでエッセイを連載しているときに小説のオファーがあったので、まず『エッセイと小説の違いはなんだろうな』って考えて。自分の中で腑に落ちたのが『エッセイは漫才で、小説はコント』なんですよ。もちろん、これは僕が思っているだけですよ。漫才とコントは種類が違うもので、比べて優劣が出るものではないですよね。だから、小説はコントを考えるのと同じように書けた気がします」
『エッセイは漫才で、小説はコント』とは
ーー『エッセイは漫才で、小説はコント』だと思った理由を、もう少し詳しく教えてください。
高佐さん:「エッセイは自分がいて『こういうことが言いたい』っていうのがあって話が進みますよね。漫才も同じで、『こういうことを最近思っているんだよね』という導入から話に入っていく。エッセイの中でも妄想に入る部分があるけど、そこは漫才の中で『こういうのやってみたいんだよな』で、シュミレーションしてみようっていうのが妄想部分だなと。その一方、コントは設定があって物語になっていますよね。とはいえ、自分の実体験からのコントもあるし、なんか感覚的な感じもありますけど」
書き始めたら、書きたいことがわかった
ーー小説のオファーをされた小説家の中村航さんとのインタビューを拝見したら、「書きたいことや伝えたいことは別にない」と話していたのが印象的でした。
高佐さん:「そうなんですよ。自分でもショックでしたね。オファーを受けた以上、書かなくちゃいけないじゃないですか。作品の完成を繰り返すうちに『自分はこういう作品が好きなのか。こういうのが書きたかったのか』って気づきました。どうしても書きたいことがあって突っ走るんじゃなくて、なんとなく書いたら途中から書きたいことがわかってきて、それと並行して歩く感覚というか」
ーーそうだったんですね。
高佐さん:「だから、『これが書きたい!』っていうものを持っている人が羨ましかったですね」
初めての小説で5回のスランプを体感
ーーいちばんしんどかったときはいつでしたか?
高佐さん:「最初の作品を書き始めるときですね。ほんとに1文字も書けないまま1カ月経ってどうしようって。『こういうのはどうですか?』『いいですね』というやりとりはあったものの、いざ書き始めると悩んじゃって。ひとつも書いてないのにスランプに陥って。そんな時に「進んでいますか?」って連絡が来たので、「会って打ち合わせしていいですか」って相談しました。直接会わないとどうにかなっちゃいそうで(笑)。いろんな励ましの言葉をもらいつつ提案して、中村さんが「それだ!」って太鼓判を押してくれて書く決心ができました。下手でもいいから書こうと思って書き始めたら徐々に体温が戻ってきて」
ーー1作目が書けた後はスムーズに書けました?
高佐さん:「いえ、5回スランプに陥ってます(笑)。今回は一旦5作品すべて書いてから直す段取りだったんです。ひとつひとつ直して完成させる流れもあると思うんですけど、1本完成して次の設定を考えてまた悩んで、なんとか完成して、3回目も同じように悩んで「ダメだ」って落ち込んで、また下手でもいいから書こうっていう流れを5回繰り返しましたね。もちろん書いていて楽しかった時間もありますよ。だから次はもっと楽しんで書きたいですね」
小説が書きたくなる勇気をくれる本とは
ーー「小説が書けるようになる本」みたいなのって読みました?
高佐さん:「途中までそういう本は手に取らずにいたんです。書く前に読んだらその本に捉われそうだなと思って。でも、どうしても書けなくなった時に、小説家の今村夏子さんが本を紹介する記事を見つけて。そこで紹介されていた、村田喜代子さんの『名文を書かない文章講座』(朝日新聞出版)を手に取りました」
ーーどんな本なんですか?
高佐さん:「基礎的なことで、短い文章で書くとか、昔の難しいことばではなく、誰にでもわかる簡単な言葉で書こうと教えてくれる本です」
ーーそれ、買います!
高佐さん:「この本は良いですよ。書く人に勇気を与えてくれる本ですね。穂村弘さんのエッセイも好きで読んでたんですけど、なにかの章に『どうしても書きたいことなんて僕にはないんだ』って書いてあって。そういう人が羨ましいって。中にはそういう人がいると。おんなじ気持ちが書いてあって、穂村さんもどうしても書きたいことってないのかって。『でもそれでいいと思う』みたいな終わり方なんですよ。それにもすごく励まされましたね。『そうそう、一緒だ!』って。会いたいですね、穂村さん」
ーー会えるんじゃないですか、続けて書いていたら……。
高佐さん:「それを目標に書き続けようかな。なんかそういう書きたい気持ちになる要素があれば、書くかもしれないですけど。すごく大変だということは今回で分かったので、また小説を書くかどうかは自分の中での会議次第ですね」
余韻を感じられる作品に
ーー書いた順番って収録順ですか?
高佐さん:「2番目と3番目を入れ替えただけで、他の並びは書き終えた順のままですね」
ーーひとつずつ書き終えて、次はこんなの書いてみようって決めていった感じですか?
高佐さん:「そうです。最初は無我夢中というか、とにかく何も考えずに書きました。書き終えて、次の作品は一人称の『わたし』視点で進めようとか、その前に書いた作品の主人公は男性だから次は女性にしようとか、その次は女性の三人称でとか。少しずつ違う挑戦をする思惑はありましたね。一人称で行くか三人称で書くか。主人公は僕なのか、木村なのか。最初は役名から書き始めたんです。そうやってコントを作っていたから、それが書きやすかったのかもしれません。次はちょっと読んだときにハッピーになれるものを書こうとか。で、できなかったり(笑)」
ーーたしかに、ハッピーになれるかと言われると、そうではないですもんね。
高佐さん:「余韻が好きなのかもしれないですね。しっかりとここでオチがあって終わるというよりも、なんとなくその先も想像できるのが好きだから、そうなってると思います」
ーー『かなしみの向こう側』も読み終わった後に物語の余韻に浸れますしね。「この後、あの主人公はどうするんだろう?」って。読み手が自由に考えられる余白があるというか。
高佐さん:「楽しいですよね、本読んでて想像できる部分があると。ザ・ギースや僕のことを全く知らない人にも読んでもらって、どういう感想を持つかはすごく気になりますね。少しずつ、知らない人にも届いたらいいなと思っています」
後半は、高佐さんの好きな読書の話や創作のヒントについてたっぷりお届けします!
後半公開しました:「ちょっと不穏な空気」のある物語に惹かれるーーザ・ギース高佐一慈さん初の小説出版インタビュー(後編)
取材協力:YATO (Twitter: @yatobooks / Instagram:@yatobooks )
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